第1章
七年前、お前は言ったな。『住む世界が違う』と。……今や、俺がお前の世界そのものだ。
黒崎永人の声が、地上四十五階の静寂をガラスのように砕いた。
重厚なマホガニーのデスクを挟んで立つ私は、なすすべもなく震えていた。それが恐怖ゆえか、あるいは別の何かから来るものか、もはや自分でも判然としない。かつて私が知っていた純粋な少年はどこにもいなかった。そこにいるのは、数百万はするであろうオーダーメイドのスーツに身を包んだ、冷たい光を宿す捕食者だった。
「お前の親父が大事にしてる、あのちっぽけなダンス教室ももう終わりだ」永人は感情の欠片も見せず、デスクの上で一冊のファイルを滑らせる。「家賃は三ヶ月滞納、支払いは滞り、銀行は差し押さえの最終準備に入っている。……だが、まあ、今日は気分がいい」
次に続く言葉は、分かっていた。彼のアシスタントを名乗る女性から、この面会を求める電話がかかってきた瞬間から。
「俺と結婚しろ、白鳥百合子。そうすれば、お前の家族が抱える負債はすべて消える。断れば……」彼は計算され尽くした仕草で肩をすくめた。「自己破産という惨めな道もあるがな。今の時期じゃ、いい見せしめになるだろう」
「これは愛じゃないわ……」私は、一家の破滅を綴った財務書類から目を離せぬまま、かろうじて囁いた。
彼の笑いは、短く、鋭利だった。「愛?」永人はデスクに身を乗り出し、底なしの闇を湛えた瞳で私を射抜いた。「ああ、あの『愛』のことか? 俺がただの貧しい奨学生だという理由で、お前が俺の顔に叩きつけた、あの崇高な愛のことか? 俺の着ている服がお前の気に召さなかったから、という、あの?」
その言葉は、見えない拳となって私を殴りつけた。「永人、違う……それは……」
「何が違う」彼は静かに立ち上がり、圧倒的な身長差で私を見下ろした。「事実だろう? お前は俺を、汚いものでも見るような目で見ていた。哀れな奨学生が、自分に釣り合うと勘違いした、とでも言いたげな目でな」その声は、怒鳴るよりもずっと恐ろしい、氷のような囁きに変わった。「あんたが教えてくれたんだよ、百合子。愛なんてものは貧乏人の戯言だ、と。金だ——金こそが力だ。そして今から、お前はその意味を骨の髄まで思い知ることになる」
デスクを回り込み、彼は獲物を嬲るように私の周りをゆっくりと歩き始める。「本当に美しいものが何か知りたいか? お前ら『上流階級』サマが、実はとっくに火の車だったってことだ。見栄を張るだけの金もないくせに、人を見下すことだけは一人前だった」
「お願い……」喉を灼くような声で、私は懇願した。
「お願い?」彼の唇が、残酷な弧を描く。「面白いことを言う。七年前、俺がけちな花束を抱えて心を告げた時、お前はそんな言葉は知らなかった。俺がお前の欲しがったもの——金、権力、地位——そのすべてを手に入れた途端、急に乞い方を思い出したのか」
痛々しい沈黙が、私たちの間に横たわる。七年という歳月をかけて熟成された、裏切りと怒りの沈黙が。
「愛は弱さだと教えてくれたのは、お前だ」やがて彼が言った。「だから俺は、代わりに金持ちになることを選んだ。そして今、俺の愛しい未来の妻よ。お前はこれから、あの馬鹿でかい屋敷で、俺がこの街のいい女を片っ端から抱くのを、ただ黙って見ていればいい。お前がずっとなりたかった、哀れで美しい飾り物としてな」
彼は私の耳元に顔を寄せた。その熱い吐息が、肌を粟立たせる。
「毎晩、毎晩だ。俺がお前ではなく、他の女を選ぶ様を見せてやる。お前があの日、俺をゴミのように捨てた時に、俺が何を感じたか……そっくりそのまま味あわせてやる」
その言葉は物理的な衝撃となって私を襲い、足元がよろめいた。咄嗟に伸ばした手が、冷たいデスクの縁に縋りつく。
視界がぐらりと揺れ——私は、二十一歳の自分に戻っていた。黄金色の西日に満ちた、あのレッスンスタジオに。
永人がそこにいた。安っぽい薔薇の花束を手に、少し着古したシャツの袖をまくり、その瞳にはひたむきな愛だけを宿して。
「金持ちじゃないのは分かってる」彼は声を震わせて言った。「でも、僕が誰よりも君を愛してる」
ああ、どれほど「はい」と、そう言いたかったことか。その三日前にかかってきた原田博士からの電話を——母を奪ったのと同じ病魔が、私にも潜んでいると告げた、非情な遺伝子検査の結果を——どれほど忘れてしまいたかったことか。
「永人、あなたは素敵よ」私は代わりに、胸が張り裂ける思いで囁いた。「でも、私たちは……住む世界が違うの。きっと、うまくいかないわ」
私は見た。彼の瞳から希望の光が死に、生々しい痛みが走り、やがてそれが、今まで見たこともない冷たい何かに変わっていくのを。
「後悔するぞ」彼はそう吐き捨て、薔薇の花束を床に落とした。「いつかお前にも分かる日が来る。自分が何を捨てたのかを」
『違うの、彼に本当のことを言って』と、心が絶叫していた。『病気のことを。最近、指先がうまく動かないことがある理由を。あなたに、子供も、未来も、何一つ与えてあげられない理由を、全部』
けれど、二十一歳の私は臆病者だった。死にゆく女に人生を縛り付けたと、彼が絶望していくのをすぐ側で見るくらいなら、いっそ残酷な嘘で彼に憎まれた方がいい、と。
そして七年後、その嘘が、私たち二人を破滅させるために舞い戻ってきた。
私が守ろうとした心優しい少年は、私に一切の容赦をしない冷酷な男になっていた。そして今度こそ、もうどこにも逃げ場はない。
「決断まで二十四時間やる」現在の永人が、まるで興味を失くしたかのように、私を突き放した。
私は呆然と彼のオフィスを後にした。一族の破産を告げるファイルを、震える手で握りしめて。私の最後のプライドか、それとも父が生涯を捧げた夢か。その選択に与えられた猶予は、わずか二十四時間。
その夜、私は父の、今はもう誰もいないダンススタジオに独りで座っていた。かつては私の夢を映していたはずの大きな鏡に囲まれて。正面のガラス扉には、死刑宣告のように、赤い文字で書かれた立ち退き勧告書が貼られていた。
午後十一時五十八分。私は永人に電話をかけた。
「……受け入れるわ」電話の向こうの静寂に、やっとのことでそう告げた。
「賢明な判断だ」彼はそれだけ言うと、通話を切った。
結婚式は、想像した通りのものだった。白い蛍光灯の光と、無機質な書類の束。祝福の花も、誓いの音楽もない。そこにあったのは、結婚という仮面を被った、冷たく効率的な復讐の始まりだけだった。
「こちらに署名と捺印を」市役所の職員が、事務的な口調で促す。
「は……はい」私はなんとか返事をし、私を「妻」という名の従業員にするための婚姻届と、分厚い婚前契約書にサインをした。
「これはビジネスだ、ロマンスじゃない」ペンを置いた私に、永人は静かに言った。「そこは、はっきりさせておこう」
その一言が、私の現実になった。自分の家で見えない存在になることを学び、大理石の床をカツカツと鳴らすハイヒールのパレードや、廊下に微かに残る自分のものではない香水の香りに、気づかないふりをする三ヶ月。
モデル、女優、社交界の名士——それはまるで、かつての私がいた世界のオンパレードだった。
「奥様」ある朝、家政婦の真里亜さんが、床に脱ぎ捨てられていたレースの下着を拾いながら、声を潜めて私に囁いた。「旦那様は、いつも一週間もすればどの方にもお飽きになるのですが……あの方は、もう一ヶ月近くここにいらっしゃいます。星野様です」
星野伊佐美。二十三歳、帝都大学で舞踊を専攻したばかりの、私が何年も前に失った眩いばかりのエネルギーに満ちた女性。若く、健康で、そのしなやかな手は、まだ完璧なアティチュードを保つことができる。
「お前の部屋は三階だ」彼女がこの家に足を踏み入れた初日、永人はそう言って、大きく弧を描く階段を顎で示した。「もちろん、ゲストルームだが」
「ええ、もちろんよ」私はただ、そう繰り返した。
「伊佐美は主寝室に泊まる」彼は平然と続け、私の平静が崩れる瞬間を見逃すまいと、その顔をじっと見ていた。
その時、階段の最上段に星野伊佐美が現れた。私の、古いコンクール用のドレスを身にまとって——桜花芸術センターでのデビューを飾った、あの思い出の赤いドレスを。
「ご心配なく、百合子さん」彼女は、偽りの甘さをたっぷり含んだ声で言った。「永人さんのことは、この伊佐美がしっかりお世話してさしあげますから」
これが、私の罰なのだ。私が失ったすべてのものを、より若く、より健康な形で目の前に突きつけられること。
「取り決めは、理解しています」胸の内で渦巻く混沌とは裏腹に、私の声は自分でも驚くほど穏やかだった。
私の「ゲストルーム」は、高級ホテルのように冷たく、完璧に整えられていた。薄い壁を通して、階下から彼らの声が聞こえてくる。笑い声、弾む会話、私が決して手にすることのできない人生のざわめきが。
私は小さなスーツケースを開け、洗面用具入れの奥に隠していたピルケースを取り出した。ラベルには「マルチビタミン複合体」と印字されているが、中身が何であるかは、私だけが知っていた。
「ただの、ビタミン剤よ」私は誰に言うでもなく囁く。嘘は、繰り返すごとに真実に似てくる。
階下から、伊佐美の甘えるような声が聞こえた。「永人さんて、本当に優しいのね。なんだか、ここが自分の家みたい」
家。その言葉が、冷たいナイフのように私の胃を抉った。この場所は決して私の家にはならない。私はただの高価な家具の一つ。いずれ壊れて、新しいものに取り替えられる運命の、美しいだけの置物。
私は日記帳を開いた。そこに記す私の筆跡は、三ヶ月前よりも明らかに震えが大きくなっている。
[九十二日目:残された時間は、あと半年。あるいは、もっと短いかもしれない。この過ちを正すだけの時間が、どうか、私に遺されていますように]







